芸術と文化の国タイの芸術家は社会的不遇をかこつ

彼女がダンサーの道に進もうと決めたとき、最初に受けた質問は、「それって本当に仕事なの?」というものでした。

バレエの教師をしながらプロのダンサーをめざす彼女は、ダンスの仕事だけで自活していけるだろうかという不安にしばしば苛まれます。タイの人びとは、芸術家という職業を「副業」か「趣味」くらいにしか思っていません。芸術遺産はタイの誇りですが、タイ社会において芸術家という職業は低く見られています。

社会学者アーヴィン・ゴフマンは、タイは「外国人にどう見られているかを気にする」社会であると言っていますが、たしかに、タイは体面を重んじる社会だと思います。タイにおいて重要なのは、ほかの人に好印象を与えるような仕事に就くこと、あるいは安定した仕事に就けるような技能を身につけることでしょう。とっておきなのは、社会から尊敬を勝ち得ることですが、医者や弁護士、建築家などの肩書きはその条件を満たします。芸術関係の職業を志望することは勧められません。そうしたことから、彼女は会う人会う人から、「どうやってバレエを仕事として生計を立てていくの?」と訊ねられます。

芸術は、人びとの感情を揺り動かし、自分の新たな一面を気づかせてくれるものです。ところが、芸術の稽古が奨励されず、芸術家の社会的意義が認められていないとは、なんとも皮肉なことです。

「BGMであれ、おしゃれなジャズであれ、音楽は社会に必要なものなんです」と、芸術の重要性について語るのは、タイのジャズミュージシャンで、マッド・パペット・スタジオの音楽ディレクターでもあるJanpat Montrelerdrasame氏です。Janpat氏が音楽分野で傑出した才能の持ち主であることはつとに知られています。

バンコク・シティ・バレエ(BCB)に所属するバレリーナの第一人者Napichaya Ampunsang氏は、バレリーナの仕事に就きたいという思いを明らかにしたとき、誰からも歓迎されませんでした。「祖母が彼女の考えにちっとも賛成でなかったことは知っています。ただ“情感”に訴えるものでしかないバレリーナが、祖母の目にはナンセンスに映ったのでしょう」と彼女は語ります。

バレリーナの道を歩み始めてまだ間もないころ、自分の職業選択について訊かれたNapichaya氏は、自分はダンサーであり、教師であるといつも答えていたといいます。いちばん厳しい見方をしたのは、見ず知らずの人ではなく、遠くの親戚たちでした。

「ダンサーがコマーシャルのなかで踊っているのを見た親戚たちは、それが現実の生活に何の役にも立たないと考え、ダンサーの存在自体に文句をつけていました。彼女もダンサーでしたから、ひどく傷ついたものです。彼女はその[ダンサーという]仕事の誠実さを誇りに思いますし、尊敬に値する仕事だと信じています。しかも、ダンスの知識はほかの人に伝えることができますし、それを習う人にとってとても勉強になり、役立ちます。」

Napichaya氏の親戚たちが彼女の職業選択を認めるようになったのはずっと後のことで、彼女の教え子がタイのダンスコンテストGot Talentに出演したのを見てからでした。その懸命な演技によってはっきりとした成果が示されてからやっと親戚たちは認めたのです。

芸術家は、多くの人びとの心を励ます芸術作品を毎日創造しています。それはちょうど、セールスマンが大きな契約を結んだり、弁護士が注目される裁判で勝訴したりするのと似ています。ただし芸術家の場合、作品の成果の表れ方はさまざまです。

バンコクのギャラリーTentaclesの創設者の一人で、パフォーミング・ファイン・アーティストとして活動するHenry Tan氏の場合、心の支えという問題はあまり話し合われていません。「[家族が]彼女を応援してくれているのかどうか、彼女にはわかりません」と彼は語っています。

「それが安定した仕事かどうかということについては家族のなかでいつももめています。家族は彼女のことをただ心配し、気にかけてくれているのでしょう」とTan氏は言います。

家族や友人からの財政的・精神的な支援がなければ、芸術家はたいてい自分の情熱だけを追い求めることはできず、別の仕事を掛け持ちしなければなりません。経済的な事情もあり、Tan氏は副業でお金を貯めています。Janpat氏は、ピアノを教えたり、ホテルのバーで音楽を演奏したり、タイで有名な多くの歌手のスタジオ・ミュージシャンを務めたりしながら、マッド・パペット・スタジオのために曲作りもしています。

一方、Napichaya氏は、BCBで踊るだけでなく、ミス・ユニバース・タイランドの公演用の振付助手を務めながら、自らダンス教室を経営し、そこでダンスを教えています。

脚光よりも給料

Napichaya氏は、なぜタイ人が芸術的な仕事よりも平凡な安定した仕事に高い価値を置くのか、その理由について興味深い見方を示しています。一握りの上流階級は芸術を楽しみ、鑑賞する余裕がありますが、中下層階級の子弟は、家族の暮らしを支えたいとの思いから勉強に集中せざるをえません。

「上流階級の人びとは、芸術を鑑賞できるだけの経済的余裕があります。そのため、彼らは下層階級の人びとよりも[ダンサーという仕事が]どういうものかをよく理解しており、ダンサーを社会的に見下すことがあまりありません」とNapichaya氏は言います。

タイ社会の大部分が中下層の人びとからなる以上、芸術家になることが責任ある職業選択とみなされないのはもっともです。

「たとえばダンスの場合、子供たちは踊ることが好きなので、親は子供たちをダンス教室に通わせています。ところが、人生のある時点、中学受験を控えた5、6年生になると、子供たちは学業に専念し、ダンスをやめてしまいます。そういうわけで、彼らはもうそれ以上ダンスを続ける理由がないのです」とNapichaya氏は語っています。

音楽の道をめざすように勧める家族や友人に囲まれて育ったJanpat氏でしたが、その彼も多くの人に認めてもらうために努力を続けました。

「タイ社会は、実のところ、芸術をさほど高く評価していません。ですから、タイにおいてミュージシャンでいることはかなり厳しいのです。人びとから尊敬を勝ち得ることは困難です」とJanpat氏は言います。

彼女からすれば、社会の期待と蔑視を著しく受けながら作品を創造する芸術家は、心傷つき、へこたれてしまうような、結構きつい仕事なのです。

タイの芸術家が、才能よりも体面を重んじるこの国でなんとか成功しようと奮闘しているのは確かです。ただ、そのせいで、タイ社会の未来へとつづく刺激的で影響力のある芸術作品を生み出そうと努める彼らの創造力は枯渇してしまいます。

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